「わからない」で、ぜんぜんOK

2016年4月26日

ごくごく時折、

 

「小出さんの言っていること、書いていることの意味が、

 

ぜんぜん、さっぱりわかりません……!!!」

 

みたいなことを言われます。

 

そのたびに、表現力を磨く必要性を痛感するとともに、

 

「うん。でもね。

 

わからなくて、ぜんぜんいいんですよ~」

 

という気分になるのです。

 

 

 

これ、決して、上から目線や投げやりな気分から

 

言っているわけじゃなくて……。

 

 

 

ほんとうに、わからなくて、ぜんぜんいいんですよ。

 

 

 

そもそも私が書いている内容って、

 

一般的な「理解」を超えたところにあるものばかりですしね。

 

 

 

それに、「わからない」なら「わからない」で、

 

「わからない」ということが、いまここで起きている。

 

……というだけのお話なので。

 

ほんとうに、良いも悪いも、なにもないんです。

 

 

 

「わからない……」

 

OK! なにも問題ありません。

 

 

 

でも、ひとつだけ。

 

「わからない」ということが、

 

いまここで起きているということを、

 

まるごと“わかっている”わたしの存在に気づけますか?

 

 

 

「わからない」ということを、考えている私、じゃないですよ。

 

いまここの「わからない」を、まるごと受けいれているわたし、です。

 

 

 

完全な受容としてのわたしの存在に気づいて、

 

それとともにあることさえできたら、

 

「わからない」に対する抵抗が消えてしまいます。

 

すると、「わからない」の海にくつろいで、

 

肩の力を抜いて生きられるようになります。

 

 

 

「わからない」ことが、理解を超えた理解への

 

きっかけになるって、なんだかおもしろいなあ、と。

 

世界には、ほんとうに、ヒントしかないんだなあ、と。

 

そんなことを、しみじみ思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日を◎