「夢だけど、夢じゃなかった」

2016年5月15日

「色即是空・空即是色」とか、

 

「生死即涅槃」とか、「煩悩即菩提」とか、

 

あとは、まあ、たとえば、

 

「起きているけど、起きていない」とか、

 

「夢だけど、夢じゃなかった」とか……(トトロ!? 笑)

 

 

 

一見相反するふたつの事象がセットになっている、

 

というより、

 

実はそれは決してわけることのできないものとして、

 

まったく同時に存在している、というのが、

 

この世界の、とてつもない面白さなのだと思います。

 

と同時に、分かりにくさでもあるんですけれどね。

 

 

 

同時にある、っていうのは、見落とされがちだけれど、

 

ほんとうに、ものすごく大事なポイントです。

 

 

 

なんで見落としてしまうのか、というと、

 

私たちは、どうしても、

 

片方だけに「真実」を見出そうとしてしまうから。

 

 

 

「色即是空・空即是色」だったら「空」、

 

「生死即涅槃」だったら「涅槃」、

 

「煩悩即菩提」だったら「菩提」、

 

「起きているけど、起きていない」だったら「起きていない」、

 

(「夢だけど、夢じゃなかった」……は、まあ、いいか! 笑)

 

 

 

どうしても、そっちの方にこそ

 

絶対的な「真実」があるように思って、

 

それだけを探し求めてしまうんですよね。

 

 

 

でも、「色」と「空」は、

 

「生死」と「涅槃」は、

 

「煩悩」と「菩提」は、

 

「起きている」と「起きていない」は、

 

いつだって同じ場所に、同時にあるんです。

 

 

 

清らかな「真実」だけが、

 

虚空にポーンと浮かんでいるわけじゃなくて、

 

一見すると泥臭くて、汗臭くて、血生臭くて、

 

「やってられない!」と叫びだしたくなるような

 

目の前の「現実」と同じ場所にこそ、

 

そういったものは見出せるのだし、

 

逆に言えば、

 

そこを離れたところに「真実」が存在する、

 

というのはおとぎ話にすぎないんです。

 

 

 

同時なんです。

 

 

 

同時だし、「現実」も「真実」も、

 

ほんとうのところ、決してわけられるものではないんです。

 

 

 

躍動的な生命のきらめきも、

 

圧倒的な受容としての平穏も、

 

まったく同時に、同じ場所にある。

 

 

 

その「わけられないもの」=「ふたつでないもの」を、

 

動的な視点から描写したときには、

 

「色」「生死」「煩悩」「起きている」という表現になって、

 

静的な視点から描写したときには、

 

「空」「涅槃」「菩提」「起きていない」という表現になる。

 

ただ、それだけの話です。

 

すべて、同じものを違う側面から表現しているに過ぎなくて、

 

ことばが違うからと言って、

 

それぞれ別々に存在しているわけじゃないんです。

 

 

 

これに関しては、ほんとうに大事で、

 

どんなに言っても言い過ぎることはないと思うので、

 

多分、また書くと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京は、今朝も気持ちの良い風が吹き渡っています。

 

よい一日をお過ごしください◎