さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

2016年5月22日

世間一般の「さとり」に対する思い込みって、

 

ずいぶん根深いものがあるよな~と思います。

 

 

 

たとえば、

 

「さとった人はなにが起こっても決して動じない」とか、

 

「いつだって穏やかで、決して感情を乱すことはなく、

 

口もとには常にやさしい笑みをたたえている」とか……。

 

 

 

いや、私も完全にそう思い込んでいたんですけれどね。

 

 

 

でも、思い込みは思い込みに過ぎませんでした。

 

 

 

「さとり」と言うと大げさだけど、

 

まあ、なんらかの真理を体得して、

 

直にそこを生きているような方は、

 

私が観察する限り、むしろ思いっきり

 

「人間っぽい」感じになるようなことが

 

多くなるように思います。

 

(もちろん、一概には言えませんが。)

 

 

 

彼らだって、

 

失礼なことをされれば怒るだろうし、

 

悲しいことがあれば泣くだろうし、

 

想定外のことが起きたらパニックになるだろうし……

 

別にぜんぜん「ふつう」です。

 

 

 

でも、もしなにか「違う」ところがあるとすれば、

 

彼らは、そういった反応を示すことに対する抵抗がない、

 

ということかな、と……。

 

 

 

「怒っちゃだめだ」とか、

 

「泣いちゃだめだ」とか、

 

「パニックになっちゃだめだ」とか、

 

そういう妙な遠慮がない。

 

縁によって、怒ることが起きれば怒るでしょうし、

 

泣くことが起きれば泣くでしょうし、

 

パニックになることが起きればパニックになるでしょう。

 

あるいは、怒らなければ怒らないでしょうし、

 

泣かなければ泣かないでしょうし、

 

パニックにならないのならならないでしょう。

 

 

 

縁によって、ごくごく自然に起こってくること

 

(あるいは起こらないこと)に対する抵抗がない。

 

どんなことが起こってきても、

 

その「反応」の渦中にいるときでさえ、

 

「ん。よきにはからえ」と余裕でいられる。

 

 

 

「反応」=「自分」だと思っていないから、

 

どっしりと構えていられるのでしょうね。

 

 

 

どんな「反応」だって、

 

時が過ぎればあとかたもなく消えてしまいますしね。

 

それをわざわざ掴んで苦しむことがない。

 

 

 

『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』とは、

 

スピ界隈(笑)では非常に有名な本のタイトルですが、

 

これ、まさしくそうですよね、と。

 

 

 

「自分」にまつわる部分での反応に対する

 

抵抗からもフリーでいられたら、

 

もう、怖いものナシですよね。

 

 

 

自由を生きていく、って、こういうことなんだろうな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もいいお天気。

 

良い一日をお過ごしください◎