意味と自由

2016年5月30日

この世で起きているすべてには、

 

まったく意味なんかありません。

 

 

 

……なんてことを言うと、

 

みなさん、抵抗を示されるんですよね。

 

「そんなのヤダ! むなしすぎる!」って。

 

私自身、ずっとずっと、そう思い続けていました。

 

 

 

でも、想像してみてください。

 

もし、ここに、

 

「目の前の出来事に意味づけをする人」など、

 

そもそもいなかったとしたら?

 

 

 

意味づけをした途端に、世界は「個人」という

 

狭苦しい枠の中におさまってしまいますよね?

 

 

 

でも、その「自分」という「狭苦しい枠」自体、

 

ほんとうはどこにも存在しないのだとしたら?

 

 

 

すべては、無限の世界の中で、ありのままの姿を、

 

あるべきようにたわむれさせているだけ……ですよね。

 

 

 

抵抗感や虚無感すらたわむれの一部。

 

こんなに自由で楽しいことって、ないですよ。

 

 

 

……と言うと、真面目な方は、

 

「わかりました!

 

今後世界に意味づけをしないようにします!」

 

なんてことを言って頑張りはじめてしまうのですが、

 

私が言いたいのは、そういうことじゃないんですね。

 

 

 

世界に意味づけをすることも、しないことも、

 

ただ、縁の中で、そのように起こっているだけ。

 

 

 

行為を選ぶ「自分」もいなければ、

 

意味を個人のものにしてしまう「自分」もいない。

 

 

 

ほんとうの意味での自由は、あらゆる枠からも自由です。

 

 

 

私たち、ほんとうはいつだって

 

自由を生きているんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっとりとした雨に包まれた、月曜日の東京の朝です。

 

よい一週間のはじまりを◎