然様ならば

2016年7月12日

昨日、自分でも気づかないうちに

 

ぎゅっと握り込んでいた手を、

 

ごくごく自然に

 

ふわっと開くことができまして。

 

 

 

ずっとずっと「大事」だと思っていたものと

 

さようならをすることができました。

 

 

 

そこに抵抗は一切なく、

 

まさしく「然様(さよう)ならば」、

 

つまり「そのようであるならば」を

 

そのまままるごと受けとめてしまったような、

 

それはそれは見事な手放しっぷりでした。

 

 

 

いま、こころもからだも、

 

ものすごく「軽い」です。

 

 

 

これ、ほんとうに、

 

ごくごく「自然に」起こったことで。

 

だから、厳密に言えば、

 

「手を開いて」「手放した」のは

 

「私」じゃないんですね。

 

 

 

「私」はなにもしていない。

 

 

 

花は「散ろう」と思って散っているかな?

 

あれだって、きっと、ごくごく自然に、

 

大きなサイクルにしたがって、

 

いちまい、またいちまい、と

 

花びらを風に舞わせているだけ、ですよね。

 

 

 

ほんと、そんな感じ。

 

 

 

「手を開いて」「手放した」のは

 

まったくもって「私」じゃない。

 

 

 

ただ、そういう時期だった。

 

「さようなら」の時期が来ただけ。

 

「私」は、それに従って、

 

「然様ならば」と頷いただけ。

 

 

 

「私」にできることなんて、

 

ほんとうのほんとうのほんとうに、

 

ただ、それだけなのかもしれないなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さようなら。

 

はじめまして。

 

よい一日を、お過ごしください◎