悔しさも、悲しみも、みじめさも

2016年7月31日

昨日の夜、

 

本人的にはなにかものすごく悔しくて、

 

悲しくて、自分がみじめで……

 

みたいな出来事があって、

 

どんよりとした感情に支配されて、

 

ぼろぼろと涙をこぼしながら、

 

大好きな友人とメッセージのやりとりをして、

 

彼女のことばに励まされて、

 

ようやく少し落ち着いて、

 

涙をぬぐって鼻水をかんで、

 

お風呂にも入らず布団に入って……

 

 

 

次に目を開けたら朝でした。

 

 

 

涙はすっかり乾き、

 

空には雲ひとつない青空が広がり、

 

そして、

 

私は、

 

自分がなんであんなにどんよりとした

 

気分に支配されてしまったのか、

 

もう、ぜんぜん、サッパリ、まったくもって、

 

思い出すことができないのでした。

 

 

 

「なにが起きた」のかは覚えているんです。

 

でも、それがなぜあれほどまでの

 

悔しさや悲しさやみじめさに結びついたのか……

 

もう、ぜんぜん、サッパリ、

 

まったくもって思い出せないんです。

 

 

 

だって、いまここにそれらはないから。

 

 

 

そもそもそれほど激しい感情を体験したことすら

 

「ほんとう」だったのかどうか、

 

断言できなくなっている。

 

 

 

だって、いまここにそれらはないから。

 

 

 

悔しさも、悲しみも、みじめさも、

 

あんなにリアルなものとしてあったはずなのに、

 

いまはもう、どこにも見当たらないなんて……。

 

 

 

いまここ以外には、

 

ほんとうに「なにもない」のですね。

 

 

 

これってすごいこと。

 

ほんとうにすごいことです。

 

 

 

それならば、私は、

 

瞬間ごとにいまここに立ち現れる「なにか」を、

 

ただただ、

 

全力で味わって生きていきたいです。

 

 

 

だって、次の瞬間には、

 

それはもう、

 

どこにもなくなってしまっているのだから。

 

味わいたくても、

 

味わえなくなってしまっているのだから。

 

 

 

生きているって、

 

ただそれだけで、

 

とにかく圧倒的なことなんだなあ。

 

 

 

人生は、これ自体が、「ギフト」なんだなあ。

 

 

 

フラットで、そこはかとなく明るいところから、

 

ただ、そんな風に思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい日曜日を◎