ほんとうの「自信」について

2016年11月4日

おはようございます。小出遥子です。

もし、いま、誰かに「仏教の好きなところは?」と聞かれたら、
「押し付けがましくないところ」と答えるだろうな、と思います。

よく誤解されるところだし、
私自身、思いっきり勘違いしていたんですけれど、
お釈迦さまって、決して、
「絶対的な真実」を説いていたわけではないんですよね。

いや、この言い方は、やっぱりマズイかな……。

お釈迦さま自身は、
「絶対的な真実」を説いているつもりはなかったんじゃないかな、
と、私は思うんです。

……という言い方にとどめておこう(笑)。

これは藤田一照さんに教えていただいたことなんですけれど、
お釈迦さまって、生涯、
「これこそが正しい教えだ」「だから私の言う通りにしなさい」
といったような態度は取られなかったらしいんですね。

お釈迦さまの基本スタンスは
「Come and See」「来たりて、見よ」
というところで一貫していたらしい。

つまり、
「いま言ったことがほんとうかどうかは、自分の目で実際に確かめてね」と。

これは、すごい。
ここに、私は、ほんとうの意味での「自信」をみます。

「自信」って、「みずから」を信じる、と解釈されるのが一般的ですが、
ここでいう「自信」は、「みずから」ではなく「おのずから」。
つまり、ただただ起こってくるすべてを信頼する、という態度です。

自信がない人ほど、「俺の言う通りにしろ!」って言いますよね(笑)。
これは、「みずから」為すことに重きを置きすぎて、
「おのずから」への信頼を忘れてしまっているから。
でも、このままだと、自分も、周りも、苦しくなるばかりです。

お釈迦さまは、その真逆を生きた人なのだと思う。
ほんとうの意味でリーダーシップの塊みたいな人だったんじゃないかな。
そうでなかったら「来たりて、見よ」なんて言えないですものね。

こういう人と一緒にはたらきたい……
というか、
こういう人に、私はなりたい。

割と本気で、そう思います。

 

今日も、いいお天気ですね。

よい一日をお過ごしください。